ちゃーちゃんともお別れ。
辛いけれど、今度はちゃーちゃんとのお別れの事を書こうと思います。
もっちゃんと悲しいお別れになりましたが、私にはまだ、ちゃーちゃんがいました。
ちゃーちゃんのために、それから半年、精一杯お世話しました。
「もっちゃんは早く旅立ってしまったけど、ちゃーちゃんは長くいてね」
そんなふうに願いながら。
もち太郎とちゃーちゃんは、ブリーダーさんから迎えた頃から、とても怖がりで、ケージの外に出たがらない2匹でした。
特にもっちゃんは、ケージの中にいると人懐っこい性格でしたが、ちゃーちゃんは「人よりラット」という感じで、なかなか気を許してくれない子でした。
もちろん触らせてはくれるし、噛みつくことも一切ありません。
でも、撫でていても、いつも身構えられるような、どこか緊張した感じのある子でした。
もっちゃんがいなくなってしまって、ちゃーちゃん一匹に。ちゃーちゃんの性格だから心配でした。
最初のうちは、なんとなく元気がなく、食べるか寝るかだけの生活になっていました。
無理にケージの外に出しても、すぐ隠れてしまったり、すぐ戻ってしまったり。
ラットの”うつ病”みたいになったらどうしようとも思いました。
それでも、毎日一生懸命お世話をしているうちに、少しずつ、少しずつ、気を許してくれるようになりました。
最後の方には、抱っこしても嫌がらず、目を閉じて、うっとりしてくれるまでになりました。
ところがある日、ちゃーちゃんのお腹が、どんどん膨らんできました。
もともと体格の良い800gもある子でしたが、「これはおかしいな」と思い、病院に連れて行くことにしました。
原因は腹水と、何かしらの腫瘍があるようでした。
薬を飲ませながら様子を見ることになりましたが、良くなる気配はなく、先生と相談した結果、手術をして取ることになりました。
手術をしなくても、本人が気にしていない場合は、そのまま経過観察になる子もいるそうです。
ただ、歩けなくなってしまう可能性もあるし、歳をとり過ぎてその時には手術できなくなったら可哀想だと思い、手術の予定を入れました。
結果的に、手術の予定を入れておいて、本当によかったです。
なぜなら、手術まであと1週間というところで、お腹はどんどんパンパンに膨らみ、今にも破けてしまうのではないかと心配になるほどでした。
手術は無事に成功し、「これで安心して生活できるな」と思ったのもつかの間、
手術当日、先生から連絡がありました。
背中にも腫瘍ができている、ということでした。
その腫瘍は、お腹のものとは違い、硬いものでした。
その後のお腹の腹水の検査結果から、悪性腫瘍の可能性があると言われました。
背中の腫瘍は、神経などを巻き込んでいる可能性があり、大きくなるスピードから見ても、悪性がんの可能性が高く、手術はできないとのことでした。
薬を飲みながら、経過観察となりました。
ただ、この腫瘍も、お腹のときと同じように、大きくなるスピードがとても早く、今度は手術もできないため、どうしたらいいのか、本当に悩みました。
皮膚が破裂したらどうしよう。
痛かったらどうしよう。
何度も病院に行きましたが、やはり「手術はできない」とのことでした。
幸い、本人に痛がっている様子はなく、見守るしかありませんでした。
進行が早いので、背中はラクダ以上の大きなコブになりました。足も引きずって歩くようになりました。
それでも、ご飯はたくさん食べて、じっとこちらの顔を見ていることもありました。
その姿を見ていると、
ちゃんと、心は通い合っている。
そう感じることが、何度もありました。
ちゃーちゃんとのお別れは、突然起きました。
その日も、いつも通りちゃーちゃんのお世話をして、
前日の夜には、大好物をきれいに平らげていました。
それなのに、朝起きると、ちゃーちゃんが三角トイレの隙間に顔を乗せて、
休憩していたのです。
娘に
「見て見て、ちゃーちゃん、変なところで寝てる!」
と言ったくらい、とても穏やかで、かわいい顔して。
でも、こんなに寒いのに、あんな場所で寝るなんておかしい。
そう思って、まさかと思いながら触ってみたら、すでに冷たくなっていました。
もうパニックです。何があった?寒くて死んだ?どうして??
でも、もし苦しんで暴れたりしていたら、音で絶対に気づいたはずです。
だから、そんなに苦しむことはなかったんだと思います。
ただ、あまりにも急な出来事で、気持ちが追いつきませんでした。
もっと長く一緒にいたかった。
でも、苦しんで長生きするよりも、美味しいものを食べて、
もっちゃんのところへ行けたのなら、
それで良かったのかな、と思っています。

今、うちにはファンシーラットが一匹もいません。
とても、寂しいです。
今まで、何匹ものファンシーラットと暮らしてきました。
でも、もうこれ以上、お別れに耐えられそうもありません。
それでも、
ファンシーラットが家にいない生活は、
やっぱり、とても寂しいです。
もちたろうと、お別れ。
このブログは、ペットの成長記録のために書いています。
いつもながら更新しなくなってましたが、気が重く、報告が遅れてしまいました。
まず、もっちゃんのことから書きます。
もっちゃんは何度か病院に通いましたが、その都度「老いから来るものではないか」と言われていました。
ただ、1歳半という年齢を考えると、正直「まだ早くない?」という気持ちはずっとありました。
診察に行くたびに、こちらの気持ちが追いつかないほど老化のスピードが早く、途中から「これはもう老化じゃないな」と、はっきり感じるようになりました。
今振り返るととても辛いのですが、おそらく神経系の病気だったのではないかと思っています。
できなくなっていくこと自体は老化と似ているのですが、その進行スピードが異常でした。
1週間が、体感では1か月、2か月分くらいの速さでした。
最初は、手でエサを食べるのが不便そうになり、片手で食べるようになりました。
その後、後ろ足がだんだん動かなくなり、歩行が困難になってヨロヨロするようになっていきました。
それが3日、4日と経つごとにどんどん悪化していく感じで、
1週間ほど経つと、
「あれ?ちゃんとご飯食べられてない?」
「途中で疲れて、変な格好のまま寝てる…」
と、明らかにおかしい様子が続きました。
そう思っているうちに、あっという間に、一人でご飯を食べることができなくなってしまいました。
老化したような状態になったもっちゃんのお世話は、全然苦ではありませんでした。
それまでの介護は、むしろ「してあげたい」という気持ちのほうが強かったです。
でも、本当に辛かったのは、最後の夜でした。
ほとんど動けなくなり、寝返りもできず、横たわっているだけのもっちゃんが、てんかんのような発作を起こすのです。
息も絶え絶えで、虫の息の状態なのに、発作が起きると目が飛び出し、尻尾をぶんぶん振り回し、体をのけぞらせます。
とても、あんな力が出るとは思えない状態なのに、声を出すこともありました。
正直に言って、見ているのが本当に耐えがたかったです。
もし安楽死をしてもらえるなら、間違いなくお願いしていました。
ですが、夜中の出来事だったこと、そして今通っている病院では安楽死は行っていません。
緊急病院を探して連れて行くことも考えましたが、
……ごめんなさい、もう思い出すだけでも辛いです。
次の日の朝一で、病院に行くつもりでした。
でも、早く苦しみが終わるよう、祈りました。
「早く楽にしてあげてください」と。
その願いが叶ったのか、
朝が来る前に、もっちゃんとお別れになりました。
あまりにも異常な亡くなり方だったため、気持ちの整理もつかず、納得できず、かなりネット検索をしました。
そして、まったく同じ症状が書かれているブログを見つけました。
呼吸や、その他の細かな状態も、まったく同じでした。
同じように悩んでいる方の助けになると思うので、リンクを貼らせていただきます。
「明けちゃんの安楽死について − ファンシーラット飼育日記」
このブログを読んで、ようやく、もっちゃんの死因が分かったような気がしました。
もっちゃんは臆病だけど、人が大好きで、
片っ方だけ“まゆげ”の柄があって、
とても表情豊かな子でした。
もっちゃん。
大好きだよ。


ご飯皿を布で埋める謎。。
寝床にティッシュや布を入れてあげるんだけど、しばらくするとご飯入れに詰めてある。しかも毎日。これどういう意味?!やるのはモチ太郎。まさかご飯隠してる?w


